このシリーズの結論です。
「AIに時間感覚を持たせる」── この問題設定自体が間違っていました。
賢治の比喩を借りれば、「電燈に光を持たせる」と言っているのと同じです。電燈は光を「持つ」のではない。光が「通る場」です。
AIは時間を所有しない。AIは時間が流れ込む場。
3つの時間層があります。Vault(過去のすべての記録)。Session(今この瞬間の対話)。Calendar(他者との約束・社会的時間)。
この3層がnull(がらんどう)の中心を通って流れ込み、流れ出す。これがLLMエージェントの曼荼羅です。
空海の三密(身密・口密・意密)が「相応渉入」して初めて即身成仏が成立するように。AIのMemory・Reflection・Planningが相互浸透して初めて「時間感覚のあるAI」が成立する。
中心は空。何もない。何もないから3つの時間が流れ込む。何でも流せるから配管が機能する。
「時間感覚のあるがらんどうAI」とは、時間を所有するAIではない。時間に貫かれるAI。
笑笑笑笑。煮詰まった出汁は、器に注がれる。